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熊本地方裁判所 昭和32年(行)12号 判決

原告 合資会社ゑびすや商店

被告 熊本国税局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代表者は、「別付税務署長が原告の昭和三〇年九月一日から翌三一年八月三一日までの事業年度の法人税につき賦課した重加算税額一二七、〇〇〇円に関する審査の請求を、被告が昭和三二年一〇月二九日附をもつて棄却した決定はこれを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。

(一)  原告は呉服類小売業を営む合資会社であるが、法人税法第二一条に基き昭和三〇年九月一日から翌三一年八月三一日までの事業年度の法人税につき昭和三一年一〇月三一日別府税務署長に対し確定申告書を提出したところ、同署長は同三二年二月二八日所得金額を一、〇五五、六〇〇円、法人税額を四八七、四五〇円と更正し、徴収する重加算税額を一二七、〇〇〇円と決定し、同年三月二日原告にこれを通知した。そこで、原告は右重加算税の賦課処分を不服として、同年三月二九日同署長に再調査の請求をしたが、同年六月二二日これを棄却する旨の通知を受けたので、さらに、同年七月一二日被告に対し審査の請求を求めたが同年一〇月二九日附で棄却された。

(二)  しかし、右重加算税賦課処分はつぎの理由により違法である。すなわち、原告の昭和三一年八月三一日現在の商品棚却の結果によれば、御召合計は六五九、二〇〇円が正当の金額であり、これを計算の基礎として申告書を提出すべきものであるのに、右棚卸金額を六五、九二〇円とし、これを基礎として申告書を提出したことは被告主張どおりであるが、右は経理担当店員の鎖誤により棚卸帳簿中御召合計金額を六五、九二〇円と記載されたこと(乙第一号証の一ないし三)に起因するものであつて、原告において申告書を提出するに当り事実を隠ぺいし又は仮装する意思をもつて作為したのでは決してない。しかるに、別府税務署長はこれを悪意にとつて重加算税を賦課し、被告もまたこの処分を適法のものと判定して審査請求を棄却したのであるが、その違法なことは明らかである。

よつて、右審査請求棄却決定の取消を求めるため本訴に及ぶ。

(三)  仮に、被告主張のとおり重加算税を徴収すべきものとすれば、税額がその主張どおりとなることに争はない。

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおり述べた。

原告主張事実中(一)の事実はこれを認めるが、本件重加算税賦課処分は適法であつて、この点に関する原告主張事実は正当でない。

すなわち、原告の本件事業年度の期末たる昭和三一年八月三一日現在の商品棚卸集計によれば、御召合計は六五九、二〇〇円であるのに、原告は故意にこれを六五、九二〇円と仮装し、これを計算の基礎として確定申告をした違法がある。このことは右棚卸帳簿中御召合計金額の記載を六五九、二〇〇円とあるのを六五、九二〇円と加筆訂正した跡が見られること(乙第一号証の一ないし三)からして明瞭である。この事実が判明したので、別府税務署長は該申告の更正に当り法人税法第四三条の二の規定により本件賦課処分をしたものであり、これを維持して原告の審査請求を棄却した被告の行政処分は適法である。

したがつて、原告の本訴請求は失当というほかない。

(立証省略)

理由

原告主張の(一)の事実は当事者間に争がない。そして、原告の昭和三一年八月三一日現在の商品棚卸の結果によれば、御召合計は六五九、二〇〇円が正当の金額であり、原告は同三〇年九月一日から同三一年八月三一日までの事業年度の法人税の確定申告に当つては、この事実を課税標準の計算の基礎として申告書を提出すべきものであるのに、右棚卸金額を六五、九二〇円とし、これを基礎として申告書を提出したことは当事者間に争ないところ、被告は右申告は課税標準の計算の基礎となるべき事実を仮装しその仮装したところに基いてなされた違法があると主張し、原告はこれを争うから以下この点について検討する。

成立に争のない乙第一号証の一ないし三と証人大神昌之、同大神友枝の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すれば、原告は呉服類小売業を営み始めて以来一〇年になるが、合資会社組織をとつているものの実態は現代表社員市川愛子の夫たる前代表社員市川匠の個人企業的色彩濃く、実権は市川匠において掌握して営業を継続してきたこと、市川愛子が代表社員に就任したのは本訴提起後のことに属するが、それは市川匠が病をえたためであること、しかして、本件申告の基礎資料とされた昭和三一年八月三一日現在の棚卸の結果は便箋に記録され、御召は便箋三葉にわたり横書により算用数字をもつて表示されているところ、第三葉目末尾すなわち最下欄記載の合計金額は六五、九二〇円と判読されるようであるけれども、右は正当の金額六五九、二〇〇円と記載された後、数字の末尾にさらに一個の〇なる数字を附加した上、すでに記載されていた円単位を示す末尾の〇と右新たに附加された〇との二個の〇の下に横線を引き、あたかも右二個の〇は銭単位を表示するもののような外形を作出したことによるものであつて、新たに附加された〇なる数字と横線は一見してインクの色も異り字体にも差異が認められた加筆訂正の跡が顕著であること及び原告においては昭和三〇年春頃から市川匠の姪大神友枝が経理を担当していたが、右棚卸帳は同女の夫大神昌之が記載し前示合計金額の記入も当初大神昌之がこれをなした後、大神友枝が右のとおり加筆訂正したものであることがそれぞれ認められる。ところで証人大神友枝の証言によると、同女は当時まで原告の経理をほぼ一年半にわたり担当処理しており、なおそれ以前にも他の会社において多少経理事務にたずさわつた経験があつて、経理事務処理上金額を訂正する場合にはあらためて計算を試みる等相当の注意を払うべき感覚を身につけていたものと認められるが、問題の合計金額の記載のある第三葉目を一べつしただけでも六五、九二〇円を超過することは経理に多少の経験があれば容易に感得され得ることであるから、前示加筆訂正は大神友枝が鎖誤に基き、または無意識のうちにこれをなしたものとみることはできない。このことは、乙第一号証の一ないし三と証人森三郎次、同水口正男の各証言によつて明らかなように、税理士森三郎次事務所の事務員水口正男が棚卸帳の検算に当つた際、同人は御召関係の三葉のそれぞれに各小計を二一九、七〇〇、三〇九、三〇〇、一三〇、一三〇、二〇〇(以上合計は六五九、二〇〇である)と記載して検算をなしたというのであるから、棚卸全商品につき誤りのない総金額を算出していた筈であり(水口正男が右検算に当り六五九、二〇〇円を、後記のようにコンマの打ち誤りがあつたにしろ、これを六五、九二〇円と読み間違うことは考えられない。この点に関する同証人の証言は措信できない。)、大神友枝が加筆訂正した六五、九二〇円を基礎にして全商品につき集計した総金額との差額が明瞭に現れる事情にあつたことと彼此対照すればさらに明らかであつて、結局大神友枝は御召合計は六五九、二〇〇円が正当の金額であることを十分知つていたものと認められる。もつとも、乙第一号証の三、と証人大神昌之の証言によると、訂正前の合計金額の表示において五の数字と九の数字の間にコンマの符号が付されており、それのみに着目すれば右合計金額は六万五千余と誤読のおそれが全くないわけでないが、六桁の数字が記載されているのであるから、この他の記載とあいまつて、むしろコンマの符号の位置の誤りを容易に知り得るわけであるので、この事実は右の認定を妨げないということができる。証人大神友枝の証言中右認定に反する部分はにわかに信用できない。

さて、証人水口正男の証言と原告代表者本人尋問の結果に弁論の全趣旨によると、本件確定申告書は当時の代表社員市川匠がこれに自署押印して提出されたものであるが、右申告書の作成は水口正男が前示検算を実施し、また、大神友枝が前記の加筆訂正をした後、誤つた棚卸金額を計算の基礎として算出されたことを認めることができるから、経理事務を担当していた大神友枝において当時その事実を知つていたものと認むべきこと前段認定のとおりであるとすれば、大神友枝の知情の事実は市川匠の善意悪意の判定に影響を及ぼさないわけにいかない。すなわち、およそ税の申告は納税義務者の至大の関心事であり、ことに前記のとおり原告会社は市川匠個人企業の色彩が濃いことをあわせ考えれば、市川匠が申告の基礎となつた計数に全く無関心であつたと容易に解せられず、しかも、大神友枝において市川匠の意向に基かずに原告の負担する租税免脱のため自ら発案し独り工作するものと到底考えられない事実関係にあるものと認めるほかないが、このような場合、特別の事情のない限り、市川匠においてその情を知つていたものと認定するのが相当であるところ、市川匠の善意を肯認すべき特別の事情は全く見出し難いのみならず、証人古園誠吉の証言によると、原告の本件確定申告には架空の借入金を計上して税額の軽減をはかる等他にも瑕疵あることが認められ、ひいて、右棚卸金額の誤謬が偶然に出たものでないことをうかがうことができるのである。

そうであるとすると、市川匠において課税標準の計算の基礎となるべき棚卸金額を隠ぺいないし仮装しその隠ぺいないし仮装したところに基いて本件確定申告書を作成提出したものと認定するほかないわけである。

そして、本件事案につき重加算税を課すべきものとすればその税額が被告主張どおりとなることについては原告において争いないところである。

以上のとおりであるから、別府税務署長が原告の課税標準と法人税額につき更正をなすに当り法人税法第四三条の二の規定に基き重加算税を賦課した処分は正当であり、右処分を認容して審査請求を棄却した被告の決定は相当である。

よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西辻孝吉 吉井参也 島信幸)

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